おっちゃん拘置所にいるのかな

俺は26歳の頃、拘置所にいたことがある。

3日間だ。

なんで俺が捕まったのか、

俺がどんな悪いことをしたのか、

それはまた別の機会に話すとして、

きっとこのおっちゃんは今、

警察署の拘置所にいるんだろうな。

おっちゃんは何番だろう?

俺は「10番」って呼ばれてた。

拘置所内では名前では呼ばれず、番号で呼ばれるんだよね。

俺は最初、拘置所の中で出されたごはんを食べなかった。

なんでかというと、俺は絶対に悪くないのにこんな場所に拘留されて、

その抗議の意味で「食べない」という行動を選んだ。

でもそれも1回だけだった。

拘置所の中ではほかに何もすることがなくて、

でもお腹がすきすぎて、

次に出されたごはんを俺はバクバク食べてしまった。

3日間いたから、全部で8回食べたのかな?

食べることだけがすごく楽しみで、

俺は朝昼晩と、ごはんの時間を心待ちにするようになった。

外で飼われているペットの犬みたいな気分だった。

最近、クラウドアトラスという映画を見た。

その中の誰かのセリフでこういうのがあった。

「大切なものは、それをなくして初めて本当の価値を知るのだ」

違ったかな?こうだったかな。

「自由とは、なくして初めて、その本当のありがたみを知るのだ」

どっちか忘れたし、どっちも間違ってるかもしれないけど、

とにかく俺は拘置所でそういうことを学んだ。

太陽を見れるだけでしあわせだった。

いつでも食べたいときに吉野家の牛丼を食べられることがしあわせだった。

いつでもテレビをみられることがしあわせだった。

いつでもマンガが読めることがしあわせだった。

スーパーやコンビニで買い物ができることがしわせだった。

いつでも好きな時にお風呂に入れることがしあわせだった。

いつでも恋人に電話をできることがしあわせだった。

そのどれもが、拘置所の中にはなかった。

そんな当たり前の自由が、拘置所の中にはなかった。

奪われて初めて、

自分がしあわせだったと気づいた。

奪われなければ、俺はきっとそれに一生気づかなかった。

奪われたりなくしたりするのも、いいものだと思う。

俺は逮捕されて本当によかった。

何も悪いことしてないけど、

逮捕されて本当によかった。

こじつけとか負け惜しみではなく、心からそう思う。

あの体験は俺のかけがえのない財産だ。

おっちゃんも今、もしかしたら俺と同じ気持ちなのかもしれない。

拘置所で自由というものを失って初めて、

自分が持っていた当たり前のしあわせに気づいているのかもしれない。

おっちゃんが生きようが死のうがオカマになろうが俺は知ったこっちゃないけど、

でもおっちゃんがなにかに気づいて、

そしてまた前向きに生きていこうって思ってくれてたらいいな。

死ぬこたねーよ。

ほっといてもあと20年もすりゃ死ぬんだから。

それまで、なんとなく、てきとうに、

牛丼でも食べながら生きていけばいいじゃん。

タバコが好きならタバコ吸えばいいし、

酒が好きなら酒を飲めばいい。

どーでもいいテレビ見て、パチンコ打って、

オナニーでもして寝ればいい。

ふかふかじゃなくても、そこそこ気持ちのいい布団でさ。

みんな実は、けっこうしあわせなんだぜ。

それを奪われたことがないから、気づかないだけでさ。

ちいさなちいさな、

どうでもいいようなことが、

実はしあわせなんだよ。

俺はそれに気づけてよかったと思ってる。

逮捕されてよかったと思ってる。

おっちゃんも元気だせよ!

俺達は囚人仲間だぜ!!

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(時事通信社 - 05月01日 21:00)