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戦争を起こすのは「中国」の無秩序な“膨張主義”への欲望!

「南京や東京から国務省へ送られた外交文書から,1937年夏,中国の多くの官憲は,日中戦争を熱望していたことが明白である」(チャールズ・C・タンシル教授「戦争への裏扉」ジョージタウン大学)

満洲の運命は,日本にとって危険とならう.それは,やがて中国が日本に復讐するからではなく,英米とくにソ聯が黙認しない,といふ点にある」(一九三三年(昭和八年)十一月十四日附の米国代理公使-ペック覚書-中国の唐有壬・外交部次長)

蘆溝橋事件の発火は,米,英,ソに支へられた蒋介石の意図にもとづいて,直接には第二十九軍麾下の部隊が起こした.そして事態を,このやうに展開させた原動力の第一は,ソ聯の多年にわたる東亜侵略への野望である」

「さる一九三六年十一月,新任の駐ソ大使蒋廷敞が,「日本を戦争不可避の状態に押しこめば,ソ聯は中国を武力支援してくれる」保証をとりつけようとしたとき,リトビノフ外務委員は確答を避けた.しかしいま,一九三七年の春から夏にかけて,ボゴモロフおよび国民政府内の親ソ派(もちろん,支那共産党もふくまれる)は,「国民政府が抗日武力戦を企図するばあひは,ソ聯の武力支援を信頼し期待してよい」と国民政府を説得しつづけてゐる」

「しかもボゴモロフは,支那事変勃発後の同年十一月,極東ソ聯軍首脳の支持も得て,外蒙よりするソ聯の直接武力支援(つまり,対日武力発動)計画の承認をうるため飛行機でモスクワに飛んでゐる」「ことをかんがへると,その事前の説得が蒋介石をうごかすに十分な具体性と信頼性をもつてゐたであらうことは,想像にかたくない」(山岡貞次郎「支那事変」原書房)

コミンテルン蘆溝橋事件直後,中国共産党に対し,

「日中の全面衝突を導き,対日ボイコットを全土に展開し,日本への譲歩を図る要人は抹殺しても構わない」とする秘密指令を出していた」

「「一国社会主義」に転じたスターリンの極東戦略は,日中を全面対決させ,日本軍のソ連攻撃を回避することに集約された.

中国で日本軍と国民党軍を戦わせて双方を疲弊させることで,中国ひいては日本を共産化させるという思惑もあった」(「諸君!」2006.2『もし中国にああ言われたら‐こう言い返せ「国共合作で,中国は一体で抗日戦争を戦ったと言われたら」』名越健郎氏・在モスクワ-ジャーナリスト)

「バーデンヴァイラー・マーチ」

http://m.youtube.com/watch?sns=gr&v=TaWwGiL3lsU

〔アンドレ・シーグフリード「西欧の精神」角川文庫〕

「ロシアの土地所有者は,自分の土地を当然のものとして所有しているという,絶対の確信をもったことはない」

〔円道祥之「栄光の日露戦争」宝島社〕

「なによりロシアは釜山を根拠地にして日本を殲滅する対日戦争計画を持っていた.日本を含めたアジアを征服する意図は,ありありとしていた」

「戦争に負ければ,北海道などはロシア領となり,佐世保対馬租借地とされていただろうといわれる」

「極東での力のバランスの面から,日本全土がロシアの植民地になることはなかっただろうが,日本が弱いとなればほかの列強もだまってはいなかったに決まっている.イギリスだって,日本を頼むに足る国と思うから同盟したのであって,ダメとわかればどんな態度に出たか,わかったものではない」

「また,日本が戦争に踏み切らなければロシアは満州,朝鮮半島に軍を進め,日本に強烈なプレッシャーをかけただろう」

「日本にはロシアの進出は北緯39度までとする,という提案をしてきた.そこまでは入ってくるつもりなのだ」

「ロシアの言葉が信用できないことは,満州撤退の件でわかっていた」

「日本としては,戦争をして,勝つ以外に道はなかったのだ」

〔ファインモールド社「九五式軽戦車・北満型」模型図解解説〕

「戦車部隊の存在はソ連装甲部隊を牽制し続けた」

〔「ノモンハンは圧勝だった」S会講演記録〕

「日本軍の高性能の高射砲,速射砲により飛行機は1,700機以上撃墜され戦車は800台以上破壊された.日本軍の飛行機の撃墜179機.戦車の損害は29台.ソ連軍死傷者25,556名.日本軍死傷者17,405名.ソ連の戦闘機は,布張りで,低性能であった」

ノモンハン事件ソ連軍を指揮したジューコフ将軍は戦後,米国で記者会見において,生涯で最も苦戦したのは,日本軍相手のノモンハン事変(ハルヒンゴール)であったと述懐した.彼はソ連国民2,500万人を死亡させた対ドイツ,スターリングラードの激戦よりもノモンハン事変の方が苛烈で惨敗であり,日本陸軍は世界最強の軍隊であったと証明したのである」

「同様にスターリン首相もそれ以来,完全に日本陸軍恐怖症に掛かって度重なるアメリカ,イギリスの対日戦争督促に対して,決断できなかったのである」

朝日赤化諜報人脈!

http://m.youtube.com/watch?sns=gr&v=8g_bdXEylX0

「日本でなく,中国が戦闘勃発を準備していた」(C・C・タンシル教授「戦争への裏扉」)

「この紛争は,一国が国際連盟規約の提供する調停の機会をあらかじめ十分に利用し尽くさずに,他の一国に宣戦を布告したといった性質の事件ではない.また一国の国境が隣接国の武装軍隊によって侵略されたといったような簡単な事件でもない.なぜなら満洲においては,世界の他の地域に類例を見ないような多くの特殊事情があるからだ」(渡部昇一「全文 リットン報告書」株式会社ビジネス社)

「青年独裁者張学良の有する権力は一九一六年満洲の住民が彼の父張作霖に付与した権力を相続したものである.而して張父子は満洲人民の此の信託を濫用し却って人民を奴隷となし傭兵の威力のみで彼等を束縛して居たのである」

「此の事実は「リツトン」報告書に次の如く説明されている.

「一九一一年革命が勃発するや共和制に不賛成であつた満洲官憲は張作霖に命令して革命軍の進出を阻止せしめ満洲が内乱の渦中に陥ることを救うに成功したのである.然るにその後に至り張作霖満洲及北支那の独裁者となったのである」

「是れ洵に満洲国人が主権を有し行動の自由を有すと云う主張を立証するものである.張父子が相次いで満洲国人を裏切り彼等を恐怖せしめ奴隷となしたからと云つて決して満洲国人の右の権利は破壊されないのである.蓋しその満洲国人こそ彼等の権力を張父子に委任したものであるからである.将又彼等満洲国人に何時でも事情が之を可能とする場合その権力を取り戻す権利の存在することは破壊されて居ないのである」

満洲人が張作霖に共和軍の侵入に對して国境を防衛する権利を付与したことが満洲支那の他の地方と同一運命に陥らなかった所以である.支那に共和国が出来て以来長城以南の軍閥は嘗て満洲に権力を行使したことはないのである」

「南京の軍閥が直接に損害を蒙ったと主張せずして直ちに支那政府の外交機関の指揮権を張学良に引渡し張をして自ら列強に提訴せしめ以て国際聯盟に於ける争を行はしめたことは注意に値することである.張学良としては広東人や外国留学生上りの浙江人に彼の権利を擁護する任務を依託することは彼等が忠誠である保障を握らなければ之を為し得なかったのである」(ジョージ・ブロンソン・レー「満洲國出現の合理性」國際日本協会)

■中国、「一帯一路」に17兆円投資へ 参加国に5年間で

(朝日新聞デジタル - 05月12日 03:14)