「少年の鏡」抜粋

ーーーーーー以前から話し相手だった文芸部の先輩が部室に入ってきてはしなくも言った。 「君の詩は随分と古風だね。いやに叙情臭いところがある。でも虚構だな。その年でよくそんなものを書くね。なぜそんなに叙情に走ろうと無理をするんだ」『この人は叙情の意味を解っているのだろうか。虚構て何だ。美しい夢のためには、すべてを放棄して虚無に浸ったって美しいんじゃないか。夢のない酷薄な虚無とは違うんだ』「まあいいさ、君はそのまんまが幸せだろうね」正親は馬鹿にされたような気がして頭に来た。「ずいぶん悲愴なんですね」ーーー中略ーーー「自分らしくあると言う事と自分のなりたい者との落差なんだ」「何だ、子供じゃないか」ー僕は、自分らしくある事が自分のなりたい者なんだー「大人になるっていう事は仮面をつけなければならないという事でしょう」「君のように?」先輩は悪戯っぽい皮相な笑みを浮かべた。「だって、自己実現の意義とか、もう考える前に実存してるんですよ。観念論的になったって発狂してしまうだけでしょう。無用の長物じゃないですか」「観念論なんて言葉の綾さ。僕は共通感覚ーコモンセンスを持っているからね。それにしても

君の口から実存という言葉が聞けるとは。君は現実を生きるつもりなの?」「はあ………いいえ、でも宗教って一体何なんですか?」ーーー「僕は宗教を信じるよ、この学校をね、英国国教会をね」

ーーーーーーーーー中略〜ーーーーーー夏休みが明けて祐一も彼も寮に戻ってきた。ーーーーーー中略ーーーーーー 「この前の事?」祐一は正親にきいた。「うん、だから、先輩は君には渡さないよ」ー気付くと二人はポプラ並木を通り越して寮の入口まで来ていた。ーーー中略ーーーーーー ( 陸上部の英雄的な先輩に)「先輩のばあか」「何でだよ」「だって体育館の北の裏のどくだみ食べた事ある?」「ないよ」「僕はあるんだから、祐一だってあるんだから、祐一は先輩の何なの」「祐一って君の飼ってる猫の名前でしょ。いつも一緒だったじゃない。何で学校で飼えるのかなって思ってた」「そうだね。猫の名前だったね」 ーーー部屋の中にはもう一つの世界が広がっていた。正親はその中で赤く燃えていた。その中の少年は、手にエマイユのライターを持って自分の右腕を炎で照らした。垂直に燃え上がる炎を、自分の右肩にぎこちなく押し当てるような仕草を、鏡の中の人物はした。(BCG、人間の属性について色々なやりとりが祐一とも先輩ともありました)ーーーーーーーーー「先輩(陸上部の英雄)、僕の先輩、僕のきっと今愛してる

人」正親は心の中でつぶやく。彼は十六歳だった。ーーーーーー中略ーーーーーー「あれ、日町、どうしたの?」「先輩のうちに来ちゃった」「うん、あっ、今さ人が来てるんだけどよかったら入ってく」「えっ、いいですか?」「うん、かまわないよ」しかして、部屋の中に入ると、来客というのは若い女性だった。ーーーーーー中略ーーーーーー二つと三つとでは何かが違う。どれかが取り捨てられなければならない。先輩は取り捨てられない。では取捨されるのは……。「僕、もう帰る」彼は女性の方につっけんどんにお辞儀をすると部屋を出た。先輩が駅まで送ってくれて、「彼女、大学の同級なんだ」と言って、正親の手を握った。『お別れのしるしなんだ、これは』永遠なんて言葉は嘘なんだ。ーーーーーー中略ーーーーーー正親は掌をほどいて、夕暮れの街角の地下道へ、ひとり降りて行った。ーーー中略ーーーーーー大学生のまだ少女とも見れる女性が大学町にあるアパートへ彼女の恋人を訪なった。 茶の塗料の剥離した、小窓のついた戸を幾度か叩いたのに中から返事はなかった。戸のノブを回すと戸は彼女に押されて簡単に開いた。部屋の中には夕暮れの西日が溢れていた。そこ

には誰もいなかった。ただ、部屋の長押にハンガーで掛けられた黒い二組の学生服が、その胸の金釦を陽に煌めかせてそっとしてあった。

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